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スピティの写真。

誰が見るかわからんが、情報共有。ギア付きバイク3ヶ月目でスピティツーリングに出ても、何とかなりました、という話。

ワシのバイクは、Hero Splendorです。ごくごく一般的。100ccです。ツーリングに行くようなバイクはインドではロイヤルエンフィールドと相場が決まっているのだけど、軽い人間と軽い荷物、一人乗りだと大丈夫でした。スクーターで峠を越えたという強者にも出会ったので、がんばれば結構なんとかなるのだろ。そのスクーターは120ccで、ワシのバイクよりパワフルなのだけど。

特にキャリアーをつけなかったので、荷物は旅行用ザックを後ろ座席にくくりつけ、余分は右サイドの鍵付きボックスへ、または左サイドのサリーガード(インドのバイクの後部には、サリーを巻き込まないようにカバーが着いてる)部分にくくりつけました。バンジーコード必須。平たい、固めの伸びにくいものがお勧め。予備のガソリンをキャリアに積んで行く人も多いけど、ちょっと大きな村だと店頭で買えるので、心配無用でした。お値段は高め、ガススタ102Rs/1lのところ店頭価格120Rs(2021年夏)。

一応ブレーキレバーとクラッチレバーの予備は持って行った。途中転んでクラッチレバーが折れたので、役に立ちました。転ばなければよいのだけど、転ぶときは転ぶ。にっちもさっちも行かなくなって、軽トラで搬送されるバイクもちょいちょい見かけたよ。

タイヤは換えなかったけど、グリップ力の強いタイヤだと、がたがた道がもう少し安定してたのかなあと思う。なので次は換える。

そして道が思った以上に良かったので、快適に運転できました。今年に入って舗装されたらしい真新しい道路も多々。しかも広い。

しかし未舗装/工事中の道路は、どこもそうだけど岩岩の砂砂、不要なブレーキが命取り。最難関のクンズン峠は、10月に入ると道路を分断する水流が小さくなるので、噂に聞く「水が膝まであるような所を1速で突っ切る」ことは有りませんでした。8月は大変、道が川になっとった。あとクンズン峠は結構車通りがあるので、困ったときは大人しく誰かが来て助けてくれるのを待つ、というのも手かもしれない。大丈夫、きっと誰かが助けてくれる。

インド人のバイク乗りは、徒党を組んで嵐のように来て去るが、一人旅のライダーもちょいちょい見かけた。カメラマン率高し、ドローン持ってる率も高し。テント率高し。

つまるところ、ヘッポコでも何とかなるし、大いに楽しめる。空と川と山の中をとろとろ行くと、自然と笑みも浮かびます。お尻が痛くなったら立ち乗り!視界も開けてますます笑顔。出会ったすべての場所と人々、スピティに感謝を。

お寺でオカエリ。

まさか2ヶ月、スピティ谷からでないとは思わんかった。バイク旅の自由さと、出会う人や場所、おかげ様々ですな。

キーというお寺についてしばらくしたら、転生活仏の法話が有るから聞いてけ、と。地元の言葉で話されるのだけど、お坊さんが翻訳してくださってありがたく聴講。「菩提心道次第」という本を、10年掛かりで読みましょう、というプロジェクトの、3年目だそうです。一歩ずつ悟りに近づく階梯が事細かに描いてあって、ヨーガじゃなあと思いました。法話中ところどころ湧く笑い声と、振る舞われるお茶やお菓子、子どもたちの自由な振る舞いと赤子の泣く声、追い払われる犬。コロナで去年はできなかった法話会、今年は皆待ち望んでいたそう。

その日までワシは間があるので、覗いたキッチンが素敵すぎたのもあって、お邪魔ながらお手伝いをしておりました。セーワー、無償奉仕とも言う。日本語では「世話」です。野菜を切ったりお掃除したり。毎食150人分くらいの食事を作るので、給食のおばちゃんになった気分。

久しぶりに誰かのためにご飯を作るのは、楽しくありがたい経験でした。メインの料理人は1年間の修行としてキッチンを預かる、お坊様2人。休みなし。お勉強を一応全部済ませたあと最後の修行として、キッチンと参拝客接待と村住職を3年かけて勤め上げるのだそう。お勉強の後に奉仕って、人間性を磨く為かなすごいなあと言ったら、お坊様は「結構しんどい」と言いました。素直。

チベット蒸しパンとトゥクパ(ほうとう風)は、お店ができるくらいたくさんつくった。お坊様は毎日のように、リシケシで蒸しパン屋を開いて一儲けするというギャグをとばす。本気かもしれない。ドーナツを作ってみたら、お口にあった様子。お好み焼きにはノーコメント。

朝の読経は心すっきりする、一日の始まりでした。誰かがいつもものすごく祈っててくれるのは、不思議な安心感が空気の中に有るので、温めの湯に浸っているようじゃった。すごく寒かったけど、そんな感じ。

どこまで行っても。

道があると歩く。地図の空白に実は道があったら、どこにたどり着くかわからないが行けるとこまで行く。だいたい次の村か放牧地に着く。そして帰る。

てくてく行って、もと来た村が見えなくなって、ゴミがなくなると人の気配が消えて、ワシもちょっと動物の気分。人間という種類の動物。あと、馬とかロバとかウサギとかノネズミ、あと鳥、羊。牛。

村を出て8キロくらい歩いたか、ふと見ると家があった。大草原と大山脈のなかの一軒家、昔話なら化かされる一歩手前。

でもそれは紛れもなく家で、人が居てお茶をごちそうになって、これから下の村へ帰るから一緒に帰りましょう、と言われた。

その場所は水があって柔らかい草が生えるので、放牧と幾ばくかの農作地が有るのだそうだ。水を引いて荒れ地を開墾するのではなくて、もともと土が有るところまで行って、そこを耕す。「この場所は神様からの借りものじゃけんのう。あっこの山、雪かぶってるとこがその神様」と、お茶をくださったおっちゃんは言っていた。

帰り道は、燃料にする牛糞をたくさんロバに積んで。ロバがんばる。背中がしなるほど牛糞を載せて、でも道草を喰み放屁をしながらトロトロと進む一匹の後ろでロバ追い。ロバはトゲトゲの草をよく食べる。トゲトゲは硬い。ロバの口はどうなっとるのじゃろう。

村に着いたら夕方、干しアンズを貰って帰る。

再び乾燥話題。

乾燥は年齢を顔に刻む。それはよいが、しかし痛い、痛いのである。

先日ギーを塗ることによって復活した粉吹き肌を、もう少しいたわりたいと思いながら同年齢のおばちゃんとお話をしていたところ、ありがたく伝統的なメソッドを伝授してもらえることに。

スピティ谷はアプリキットも有名。アプリコットには数種類あって、酸味の強い品種からは主に油がとれる。実をとって(カリカリ梅ができそう)、実を割って種を取る。杏仁。それを10粒ほど口に入れ、よくかんでペーストにする。それを塗れ、と!

自分酵素を含む活きたパック、しかも新鮮。早速やってみたところ、肌は下界のモンスーン時期ばりに復活した。なんという智恵。

昔は冬に子供のほっぺに塗ってあげたりしたらしい。愛おしいなあ。

パック後の肌の調子に結構にいろんな人が気づいてくれて、そのたびに杏仁パックのことを話したら、年輩の人は懐かしそうな遠い目をしていた。皆思い出があるんだろうな。

梅でも出来るのんかなあ。梅油って聞いたことないけどな。梅干しの天神さんはしょっぱいからあかんなあ。

高地のタンポポ。おいしい。

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